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ZEEBRAという開拓者

 

生きる伝説

 

本のヒップホップを知る上で、絶対に誰もが一度は耳にしたことがあるのが「ZEEBRA」という人物。2000年代前半までの日本のヒップホップシーンの栄枯盛衰のほとんどがZEEBRAというアーティスト1人に影響されているといっても過言ではない。僕が、日本のヒップホップを語る上で外せない人物を挙げるとしたら、枚挙にいとまがないが、ZEEBRAKREVAMummy-D、の3名。

 

それぞれ輝かしい功績は幾つもあるが、ZEEBRAは、圧倒的なカリスマ性とパイオニア精神で日本のヒップホップを90年代から牽引してきたし、何をやっても殆どZEEBRAの二番煎じというくらいに様々なものを試してみたり、今でも日本のヒップホップシーン全体を捉える時には外せないほどの影響力は残っているしKREVAも、UMB3連覇などの折り紙付きの実力を持って日本のヒップホップや日本語ラップというものの一般ウケに成功しており、一般リスナーをきちんと取り込んで誰にでも受けるような楽曲を制作する一方で、「TECHNIC」や「挑め」などの特定の誰かに向けてのDisソング(誰かを批判したり貶める曲)も出すくらいには自分の信念やプライドもあるのではないかと思えるし、Mummy-Dは、KREVAが台頭する前からメジャーシーンのアーティストとコラボすることにより、日本語ラップの認知を広めたし、何よりも大きな功績が日本のヒップホップというものは日本の音楽シーンの中でも閉鎖的であった(スチャダラパーなどは日本語ラップであり現在の日本のヒップホップシーンとは一線を画しているため)にも関わらず、数々のアーティストとコラボする上で相手の雰囲気を壊すことなくそこに溶け込んだことだと思う。

 

その中でもまずはZEEBRAを語らければいけない。

なぜなら、ZEEBRAによって日本のヒップホップは大きく変わったからだ。 

 

そもそも、ZEEBRAって誰だ?

http://blog-imgs-34.fc2.com/y/k/0/yk0612yk/ZEEBRA.jpg

 ホテルニュージャパン火災の横井英樹の孫という説明のほうがピンと来る方も多いのではないのでしょうか?実は、最終学歴は中卒なんですよね。他にも中林美和との結婚と離婚、などなどゴシップ好きにはたまらないネタ満載の人物です。

 

日本のヒップホップの中でのZEEBRAとは、

K DUB SHINEDJ OASISと共に、KING GIDDRAを結成し、デビューした95年からRhymesterBUDDHA BRANDなどのいわゆるさんピン世代と共に日本のヒップホップを活性化し牽引した後に、ソロとして各方面と積極的に関わりメディア露出も積極的に行い続けた結果、良くも悪くもZEEBRAという人物が日本のヒップホップのポピュラーでありスタンダードであると錯覚されることもしばしばあるような、日本のHIPHOPのパイオニアとして常に走り続けているアーティストです。

 

もっと細かく見ていきましょうか。

 

KING GIDDRA(キングギドラ)のZEEBRA

ZEEBRAはK DUB SHINEと共にキングギドラのMCとして、日本語でラップをするということを可能にしました。今日の日本のヒップホップもキングギドラの「空からの力」というこのアルバムが無ければ存在しなかった、あるいは、日本語でラップをしていなかったのではないでしょうか。

 

日本語で韻を踏むことについては、先日書いた記事を読んでいただければ大体がわかると思いますので、そちらを参照してください。

 

このアルバムにより、単語と単語で韻を踏む、小節の最後で韻を踏む脚韻法、が日本のヒップホップの主流となっていきました。そして、この主流から抜け出したくても抜け出せずに数々のアーティストが試行錯誤しているのが、日本のヒップホップの現状でありジレンマなんです。

 

このアルバムが日本のヒップホップシーンの中で今でも高評価を得ているのは、このアルバムが原点でありスタート地点であるからです。どんな有名な評論家もこのアルバムを聴いていない人はいないと思います。だからこそ、気づかないどこかでこのアルバムを基準とした一つの評価軸があるんです。そのぐらいインパクトのある作品なんです。

 

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のアルバムから数年後に、各々ソロの道を邁進していきました。K DUB SHINEDJ OASISは、メディア露出の少ないアンダーグラウンドで、さんピン世代から脈々と受け継がれていったコアで熱い層と共に日本のヒップホップを支えた一方で、ZEEBRAは積極的にメディア露出をし、オーバーグラウンドへヒップホップを昇華していき、キングギドラ時代からの自身のスタイルを壊すことなく日本のヒップホップの一般化に努めていきました。

 

して、2002年にキングギドラ再始動。

当時のメディアでは、大きな注目を浴びました。

同性愛者への批判や性病に関する表現が不適切であったとし、CD自主回収騒動などもありましたが、それが良くも悪くもこのグループをさらに注目させることとなりました。2002年にリリースしたアルバムでは、覚醒剤、少年犯罪、性関連、政治関連、Dragon Ashのkjを名指しで批判、などなど過激な内容の曲も多く含まれていました。

 

ングギドラというグループは、このように日本のヒップホップの中でも過激な発言が多く、さんピン世代以降の世代からの評価も大きく二つに分かれることがしばしばあります。どちらにせよ、キングギドラの存在感がそれほど大きいということですが...。

 

ソロとしてのZEEBRA

 

97年のソロデビューから、数々のアーティストとのコラボやプロデュースを精力的に行っており、今までの関わりあるアーティストを少しだけ挙げると、安室奈美恵、AI、EXILE長渕剛、という面々とも関わったことがあります。ソロとして活動し始めてからは、キングギドラZEEBRAではなく一人のラッパーとしてのZEEBRAというイメージの定着化により、本人のメディアへの積極的な露出の姿勢と相まって、日本のヒップホップの認知と承認に一役買っていきました。ヒップホップの中でも、さんピン世代からの付き合いのアーティストから若手の新人アーティストを引き抜いて自身の楽曲に関わらせたり、(ちなみに、今では有名なMay Jも駆け出しの頃にZEEBRAが目を留めて楽曲に参加しています)、本当に多方面で活躍しています。

 

そして、各アーティストと楽曲などで一緒になっても自身のHIPHOPという土台を譲ることなく、HIPHOP×R&BHIPHOP×J-POP、というようにHIPHOP×somethingを貫き通しているように思えます。さらには、日本のヒップホップシーンの中でも世代やジャンルを問わずにコラボしつつ自身のスタイルを崩すことはありません。

 

これにより、ZEEBRAという名の一つの軸が日本のヒップホップの中に確立していきました。1人のアーティストによる軸というものは一枚岩と同じようなもので、さんピン世代の栄枯盛衰にも関わっていくこととなりました。

 

ZEEBRAとBEEF(ラップでの罵り合いやケンカのこと)

 

ZEEBRAの作り上げた軸というものに、数多くのアーティストが寄り添い反発し新しい形を模索していく中で、ZEEBRA自身も自らBEEFをしに行ったりしたことで、様々なBEEF(ビーフ)が起こっていったことも特筆すべき点です。

 

Dragon AshのkjとのBEEF

 

Dragon AshZEEBRAといえば、「Greatful Days」でZEEBRAが共演し、ZEEBRAの歌い出しの「俺は東京生まれ東京育ち 悪そうな奴はだいたい友達」 というワンフレーズと共にZEEBRA日本語ラップが一躍有名になったキッカケにもなりました。

 

なぜ、BEEFが生まれたのか?

 

kjは元々はZEEBRAのファンでしたが、Greatful Daysで共演後にさらにラップで楽曲を制作し続け、ライブパフォーマンスなどがZEEBRAと酷似していきました。Dragon AshはミクスチャーバンドというDJも入れたバンドであり、当時の日本では非常に先鋭的であったために、リスナーもただのロックバンドではなくヒップホップの要素も入っていることを感じていました。そのヒップホップの要素というものは、あくまでも音楽的なヒップホップであり、文化的なヒップホップではありませんでした。(2つの違いは、こちらの記事で)

 

ヒップホップシーンから見たら、あくまでもkjのスタイルはロックバンドのMCがラップをしているだけであり、そこまでのものであると認識していました。

 

しかし、Dragon Ashがある2曲を出したのです。

それが、「I ♡ HIPHOP」と「Summer Tribe」です。

 

「I ♡ HIPHOP」は、「I LOVE ROCK'N'ROLL」をサンプリングした曲で当時のDragon Ashのポップでかっこいい若者受けするスタイルの象徴的な曲でした。

 

しかし、日本のヒップホップシーンは激怒。

そりゃあ、そうですよね。

だって、日本のヒップホップの中にいないと思っていた人がいきなりヒップホップを愛しているとか言い出して、ファンではない人も「ヒップホップはこういうものなんだ。」と思ってしまったんです。

 

「Summer Tribe」は、振る舞いや声も全てがZEEBRAと酷似していました。

 

そして、ZEEBRAをはじめとして日本のヒップホップシーンに激震が走りました。そして、kjに対してBEEFが勃発しました。

 

ZEEBRAは当時、キングギドラが再結成していたこともあり、キングギドラのアルバムの中の1曲「公開処刑」でkjを名指しで批判しました。内容的にも当時のZEEBRAが憤りを感じているのが分かります。

youtu.be

 

この曲の後に、kjはアンサーソングを返すことはありませんでしたが、真摯に受け止めると公言し、以降の楽曲ではラップではなく普通の歌唱法にスライドしていきました。

 

Dragon Ashのファンとしては、このBEEFによってkjはほんの少しの間に活動を自粛していたことと以前までのラップ要素を見ることができなくなったことに対して、キングギドラ及び日本のヒップホップシーンに対して嫌悪感を示していきました。

 

ZEEBRA及び日本のヒップホップのファンとしては、このBEEFは日本のヒップホップの境界線をハッキリさせるためには避けられない道であったと同時に、ZEEBRAによって日本のヒップホップがオーバーグラウンドへ昇華して根付いていった矢先の出来事であったために「もったいないな」という気持ちもありました。

 

この一件は、ヒップホップを聞かない人たちからは、ZEEBRAが一方的に悪いとみなされていますが、ZEEBRAサイドから見てみるとkjサイドにも非があったことは紛れもない事実であるといえます。

 

RAU DEFとのBEEF

 

2010年代を語る上で、この一件は外せません。

なぜなら、この一件によってRAU DEFらの世代が凋落していったからです。

 

この頃のRAU DEF,QN,KEN THE 390,SKY-HIなどのアーティストはコンクリートグリーン世代とは一味違った新しい風を巻き起こし、ミドルグラウンドを中心に飛ぶ鳥を落とす勢いがあり、日本のヒップホップシーンに新たな勢力が台頭してきました。

 

日本のヒップホップシーンというものは、常に以前の世代を超えようと切磋琢磨して開拓し構築していた歴史があり、それは今も続いています。例えば、証言でYOU THE ROCK★スチャダラパーを否定したように、ECDがさんピンCAMPでJ-RAPを殺したと宣言したように、般若がさんピン世代と付かず離れずを保っているように、漢とDABOがやりあったように、NORIKIYOがZEEBRAに噛みついたように、本当に様々なBEEFやそれに近いものがありました。

 

この一件も、日本のヒップホップシーンの歴史を考えるとBEEFが起きて当然なんですね。

 

BEEFやDISには2種類あります。

 

  1. 世代間でのBEEFやDIS
  2. 世代を越えたBEEFやDIS

 

 あくまでもこれは同じヒップホップシーンの中に所属する者同士という前提条件がつきますが。kjとのBEEFはジャンルを越えたBEEFです。

 

さてさて、下地を脱線気味に説明してしまいましたが、話を元に戻します。

 

「RAU DEFvsZEEBRA」という構図は、2.世代を越えたBEEFでした。

 

今まで勢力を拡大し続ける事ができたのは、新しいスタイルという事で新境地を開拓していただけだったのです。つまり、誰も開拓した事のない場所を開拓し続けたからこそ勢力図が広がっていったのです。

 

しかし、この一件は違います。

ZEEBRAという、さんピン世代の代表格の1人であり日本のヒップホップの開拓者と戦うことは、シーンの中のさんピン世代という勢力を塗り替える勢いだったことが伺えます。

 

この2人の結果は、ZEEBRAの圧勝のような形でした。

これにより、当時さんピン世代は勢いが衰えており世代交代も時間の問題かと思っていたシーンに、さんピン世代の存在感を再び示すことになりました。

 

Twitterで一連のBEEFが進んだのも特筆すべき点です。

 

ZEEBRAのMTVアワード批判

 

2008年のMTVアワード後にZEEBRAがネットに上げた一本の動画を巡って事件が起こりました。内容はMTVアワードでのZEEBRAへの対応への不満?なのか分かりませんが、YouTubeに動画を投稿しました。

 

この一件は、真意があまり伝わらずにただ一般に「ダサい」というイメージが定着してしまいました。これによりマスメディアの格好の標的となり、2000年代のB-RAPハイスクールなどの誤ったイメージ定着の二の舞になってしまいました。

 

なぜ、この一件を最後に持ってきたかというと、これにより日本のヒップホップシーンがオーバーグラウンドで勢力が衰えていくキッカケとなり、オーバーグラウンドでのヒップホップのイメージはPOPなものの一強となってしまったからです。

 

何が言いたいかというと、未だに日本のヒップホップシーンの中でのZEEBRAの影響力というものは大きいんですよね。それが良いか悪いかは別として、未だに現役のZEEBRAという開拓者は本当にすごいことです。

 

最後は力尽きて内容が薄くなりましたが、

今後も、ZEEBRAから目が離せません。

ヒップホップやラップでよく聞く「韻を踏む」ってなに?

”韻を踏む”とは?

 

大雑把に説明すると、「言葉の母音を揃えることにより言葉のみでリズムを作る。」というところでしょうか。そして、この方法を活かして、小節の最後で韻を踏みリズミカルに言葉を操るのがラップという歌唱法の特徴である。とでも言っておきましょうか。

 

説明よりも体感せよ!

 

ということで、実際にLIBROの『対話』の歌詞を引用して解説していきます。同じ母音で揃えているところを同じ色で示していきます。

 

目を閉じて見るものがしっかり
解った時ははしゃい走ったり
季節を感じて心のまま
チビッ子を受け止めるパパとママ
みたいに与え過ぎず程よく
分別弁えてる包容力
ちゃんと備えたお前は
ガシャンと割れてた心とらえた
耳ふさぎ聞こえてくる旋律
ここは二人だけの天竺
毎日が七色のえらい催し
たまには明るすぎる部屋も良し
不安なんてない昼の繁華街
たえず付きまとうのは半笑い
次の段階にむけかんだかい声で
二人が引くアンダーライン

 

どうですか?

何となく分かってきましたか?

 

①基本形

 

季節を感じて心のまま
チビッ子を受け止めるパパとママ

 

赤字の部分だけを引っ張ると、

のままとママ」となり、

ローマ字表記で比べてみると「NO.MA.MATO.MA.MA

どちらの言葉も母音が「O.A.A」で揃ってますね!

このように小節の最後を揃えるのが「韻を踏む」です。

 

何となく分かってきましたか?

では、次から少し応用編!

 

②応用編

⑴「ー(伸ばす音)」の使い方

 

みたいに与え過ぎず程よく
分別弁えてる包容力

 

ここでは、「程よく包容力」の場合、

ローマ字表記で見てしまうと、

HO.DO.YO.KUHO.U.YO.U.RYO.KU

O.O.O.UO.U.O.U.O.U」...あれ?踏んでない?

これって韻を踏んでないじゃん!

なんだよこれ!違うじゃん!

 

いやいや、ここからが日本語の妙ですよ。

Libroのラップをよーく聴いてみてください。

ほーどーよくほーよーりょく」って言ってる!

 

そうなんです!

敢えて言葉を伸ばして4字から6字にしたり、「包容力」も「ほうよう」とハッキリするよりも「ほーよー」というように伸ばすことで、韻を踏んでいるんです。

 

またまたローマ字表記で見比べましょうか

ほーどーよくほーよーりょく

HO.O.DO.O.YO.KUHO.O(U).YO.O(U).RYO.KU

O.O.O.O.O.UO.O(U).O.O(U).O.U

はい、もう完璧に踏んでいますね!6文字踏み!

えー、こんなんありかよー...、と思った方、ありなんですよ(笑)

 

さて、お次はこちら。

 

次の段階にむけかんだかい声で
二人が引くアンダーライン

 

かんだかいアンダーライン」またまた踏んでない...

KA.N.DA.KA.IA.N.DA.A.RA.I.N

ああ、「A.N.A.A.IA.N.A.A.A.I.N」

惜しい、惜しすぎる。

...だったら、発音を変えればいいんじゃん!

 

ということで、聴いてみてください。

 

かんだかーいアンダーライン

KA.N.DA.KA.A.IA.N.DA.A.RA.I.N

A.N.A.A.A.IA.N.A.A.A.I.N」

 

きちんと踏んでいる!

しかも「アンダーライン」の「ン」は敢えて弱く発音することで、きちんと韻を踏んでいるように聞こえる。これも巧みな技だ!Libroさすがっす。

 

⑵「っ」や「ん」の使い方

 

目を閉じて見るものがしっかり
解った時ははしゃい走ったり

 

GA.SHI.っ.KA.RIHA.SHI.っTA.RI」となり、

A.I.っA.I」で揃えてるのが分かりますね。 

 

 「っ」は扱いが難しく、あとで説明する「ん」と同じように、言葉の流れをそこで切ることができるので、同じと見なして韻を踏む人もいます。

 

例えば、「頑張った観覧車」で見比べてみますか。

GA.N.BA..TAKA.N.RA.N.SHA

A.N.A..AA.N.A.N.A」「っ」と「N」で揃っていないように見えますが、発音してみると、どちらも切る音なので韻を踏んでいるように錯覚するのです。これも手法として十分ありです。だって、聴いてみればみるほど韻を踏んでいるんだもん。

 

そして、最後が「ん」で終わる場合は、

かんだかーいアンダーライ(ン)」というように

KA.N.DA.KA.A.IA.N.DA.A.RA.I.N」となり、

A.N.A.A.A.IA.N.A.A.A.I.(N)」になります。

何が言いたいかっていうと、最後の「ん」は発音しなくても大丈夫!っていうことです。これにより、韻を踏むレパートリーが一段と増えます。てか、ここまでの説明でなかなか疲れてしまった。

 

何となく分かってきましたか?

ここから先は実際に自分で考えてみてください。

 

体感したら実践せよ!

 

実際にみんなで作ってみてください。

これ難しいですよ。

 

 季節を感じて心のまま
チビッ子を受け止めるパパとママ

 

ここだって、普通の文章なら「心のまま季節を感じて、チビっ子を受け止めるパパとママ」となるところを、「心のまま」を倒置することで韻を踏んでいるのですから。

 

さて、では皆さんも実際に作ってみましょうか。

 

はてなブログに投稿するのも苦労する」今の気持ちです(笑)

この普通の文章を少し膨らませて韻踏んでみましょうかね。

 

最近の習慣のはてなブログ

でも、投稿するのも一苦労

 

ブログ投稿一苦労」で韻を踏んでみました。

BU.RO.GUTO.U.KO.UHI.TO.KU.RO.U」 

こんな感じですね。

 

意外と簡単と思う人もいるかな?

 

皆さんも今度からは韻を踏んでいるかいないかで音楽を聴いてみると面白いですよ!

 

 

youtu.be

 

光と影 照らされなかった者たち

ライトを浴びなかった者たち

 

く、「なんでそんなに物事に対してキッパリと諦めることができるの?」って聞かれる。その問いに返す言葉はいつも「いつまでも過去を振り返って過去に縛られているのは時間の無駄だから。そんなことに時間を割くよりも今や未来を見つめて行動するほうが楽しいから。」だ。

 

かし、口では簡単に言うことができるが実際にこの考え方を今すぐにやってみろ、というのはあまりにも厳しい。では、どうして僕自身がこの考え方に行き着いたのかをRYUZOの「HATE MY LIFE」を絡めながら、そのキッカケを振り返っていきたい。

 

RYUZOとは、京都出身のラッパーで古都京都からも発信できる土台を作った第一人者であり、TOKONA-XやOZROSAURUSとYOUNG GUNZを結成したり、R-RATED RECORDSを立ち上げたり、京都エリアのみならず全国区で活躍しているラッパーである。

 

んなRYUZOの書いたHATE MY LIFEでは、verse1、verse2、verse3でそれぞれ三者三様の”リアルな若者像”を描いている。しかし、ここで言う”リアルな若者像”とは、”マジョリティや平均的な若者”のことではなく”マイノリティであるが一定層は必ずいる”という意味で扱っていく。

 

Verse1では、高卒で土木系の仕事に就いた若い男を描いており、自分の道の選択の後悔が垣間見える。

 

朝の6時目覚ましに起こされ
眠たい目で作業着に着替え
缶コーヒー片手トラックに揺られ
朝帰りのギャルを眺める
泥だらけで昼の休憩
お洒落なランチはこれじゃきたねぇ
コンビニの飯とタバコでOK
待ち受け画面は愛しのBaby
クソな仕事で安い日当
家賃携帯電気にネット
合切払いペラペラの給料
服やデートの金はねーよ
大学出てりゃ違ってたかな
横にいる女も変わってたかな
ワンルームで缶ビール
お前の気持ちを俺がRhyme

 

自身の周りにもこのような人が多い。大学を目指すような高校には行けず、下から数えて何番目かの高校に進学し、進路はもちろん就職。このような時代なので、土木系ではなく介護福祉系の仕事に就くものが多く、高卒で働き始めて高校時代から付き合ってた彼女とでき婚して、子供と奥さんのために毎日キツい介護や福祉施設で働いている。このような人がいる。彼らは奥さんや子供と幸せだが、やはりふとした瞬間に「もしも...」というように後悔をしてしまうらしい。それでも彼らは前を向き今日も家族のためにお金を稼いでいる。それしか選択肢が無いからだ。そんな彼らの姿を見てきた。

 

Verse2では、夜の仕事をしているシングルマザーを描いている。

 

お酒くさいママでごめんね
化粧落とし送る保育園
シングルマザーももう3年目
いいともまでは少しおねんね
起きて買い物洗濯掃除
夕食だけは作る手料理
少し遅れてお迎えに
泣きべそかいてるあたしのBaby
夜ごはんだけが家族の団欒
洗い物したら化粧の時間
あとはよろしく若いおばあちゃん
あのこが言うの ママきれいじゃん
今夜も消えるネオン街
さみしくないけどたまには誰かに甘えたい
ならハニー番号は変わってない

 

の同級生のシングルマザーも似たようなものだ。でき婚から数年も経たないうちに互いの価値観の違いから離婚という道を選び、子供も結局は一人で面倒を見ることになった。子供を保育園に送った後に自分はカラオケのバイトに行く。保育園のお迎えには間に合わないので自分の母親に任せる。若くしておばあちゃんになった母親は、とても協力的で意外と子供も文句を言わずに生活が回っている。シングルマザーというものは、やはり未だに世間からの風当たりも強く、ツラいことも沢山あったということだ。まさに、”誰かに甘えたい”という部分は心からの叫びに近いものなのではないだろうか。一人で頑張っているけれど、母親も協力してくれるけれど、それでもやっぱり甘えたい。そんな思いを今日も胸にバイトに行く。そんな同級生と歌詞が重なる。

 

ここまでは、前座だ。

たしかに彼らからも多くのことを学んだ。しかし、もっとも残酷なものが最後のverse3だ。このverse3こそが今回の言いたいことのほとんどを占めている。

 

Verse3では、夢追って上京したものの現実に破られた若者を描いている。

 

憧れ続けた華の東京
さよなら告げ泣いてた彼女
書き置き残し親には内緒
連れに大口叩いて上京
夢はDJで有名に
モデルを連れて里帰り
現実は深夜コンビニのレジ
どこにいんだよモデルのBaby
最初は毎晩通ったクラブ
雨でも外でフライヤー配る
音楽よりも人を呼ぶ数や
コネが勝る世界にクラう
ほこり被ったターンテーブル
返信がこない彼女へのメール
田舎の家族思い出し眠る
スピーカーからは俺が流れる

 

も数多くのラッパーを見てきたが、ステージに上がり集客できるラッパーなんて10%もいないと思う。ほとんどの奴らが、自分の実力や才能や複雑で薄汚い世界を直視させられ夢を諦めなければいけなくなる。そこに情けはない。なぜなら、才能で金を稼ぐ仕事であり努力が必ずしも報われる世界ではないから。頑張っていても集客できず金を稼げなければ認められない。そして、夢に破れた者達の行き着く先は2パターンある。それが①いつまでも過去の思い出に縋り現実を認めない者②新しく自分の行く道を見つめ行動する者、の2パターンだ。

 

のパターンの人間は本当に最悪だ。生産性が無い上に年齢だけが積み重なっていき、自分の人生の選択肢を自分の手で断ち切ってしまう。過去の栄光に縋り続け、今や未来を見なかった代償はとても大きい。

 

のパターンの人間は救いようがある。なぜなら、また違う道に向かって突き進むことができるからだ。夢に破れたという事実も選択肢を潰すことができて良かったといい、肯定的に捉えることにより次への原動力としている。

 

く敗者など存在しない。本当の敗者は、輝くステージにすら上がることができずに終わるからだ。現実は残酷だ。すべてを捨て、夢を追う。夢を追うことの素晴らしさを説き、夢を追う者を応援する人たちは数多くいる。しかし、夢に破れた場合のリスクをきちんと併せて伝えている人はそのうちの何割だろうか?決して大多数ではないはずだ。

 

夢のために人生をどこまで捨てることができるか?

 

覚悟がない者に夢を追う資格はない。

これだけはハッキリと自信を持って言える。

 

端だが、「その夢に命を懸ける覚悟はあるのか?」という問いに対して「ある」と答えられるかどうかが大切なことだ。僕自身も中学時代にはこの問いにハッキリと「ある」と答えられた。しかし、数年経ったある日、その答えが「ない...」になってしまった。それは、やはり覚悟が足りなかったからだ。これ以上続けて人生を棒に振った時のリスクを考えた時に、そこまでのリスクを取ってまで夢を追い続ける自信が無かった。つまり、僕自身も敗北者だ。

 

かし、僕は②の敗北者だ。自分の人生の敗北者にはなっていないと信じている。だからこそ、自分の人生が楽しくて仕方がない。その時々の環境で最高のパフォーマンスを心がけている。後悔をする暇がないくらいに人生を楽しさで埋めている。

 

を追う素晴らしさも夢に破れる厳しさも知っている僕だからこそ言える、「夢を追うことは素晴らしい」、しかし、それは「夢を叶えること」が素晴らしいのではなく、「覚悟を持って夢に向かって全力で走っている姿」が素晴らしいだけだ。覚悟無しで夢を追う者は自分の人生を棒に振る可能性がある。

 

youtu.be

語彙力=破壊力

語彙力=破壊力

本語ヒップホップにおける語彙力の必要性は言うまでもなく、今までにブログで書いたように「日本語」と「ヒップホップ」の性質を考えれば、語彙力が無ければ淘汰されてしまう。DABOやLIBROなどは語彙力のみならず自分の声質とリズム感を活かし、最大限に日本語でのラップというもののレベルを上げていった。

 

んな彼らに負けず劣らずのアーティストが今回紹介するZORNだ。

 

は元々はZORN THE DARKNESSという名で活動していたが、昭和レコードに移籍するタイミングでZORNに改名している。UMBやBBPなどのMC BATTLE出身の実力派であり、4thアルバム「サードチルドレン」より前の作品では、「震エテ眠レ」に代表されるように語彙力を全面に押し出した詩を朗読するようなポエトリーリーディングのラップをしていた。 

 

かし、昭和レコード移籍と同時に般若のアドバイスを参考にして、今までの語彙力を全面に押し出して一小節になるべく多くの語彙量を入れることをやめ、シンプルに韻を揃えるということをしたことで、「2 Da future」では過去の作品とは一線を画したシンプルで力強いメッセージ性を持った曲となった。シンプルだからこそ一語一語の単語が強調され韻を揃えた時のリズム感も心地良く聞こえる。”足し算ではなく引き算で作る”、般若のアドバイス以降の作品では、他のアーティストの客演でも作品を崩すことなく個性を殺すことなく丁度いい存在感を示している。

 

語彙力を最大限に引き出す≠語彙量を増やす

語彙力を最大限に引き出す=シンプル&スタイリッシュ

 

この「2 Da future」はZORN自身の原体験をシンプルなトラックとともに3rdアルバム以前の独自の世界観を保たせつつ、一つ上の次元へと昇華した作品となっている。

 

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シンプルかつ情景が浮かぶような回想のリリックが響く。現実と夢との葛藤を表しているリリックに共感できるリスナーも多いのではないだろうか。巷でよく言うリアルなラップというものは定義が不明瞭で曖昧だが、この曲をリアルと呼ばずして何をリアルと呼べようか。

 

耳ヲ貸スベキ! 

 

youtu.be

日本のヒップホップシーンにおける地方勢の台頭

久しぶりに更新!

 

今回は日本のヒップホップシーンにおける地方勢の台頭とその流れについてざっくりと書きたいと思います。

 

一極集中からの脱却

なぜ、一極集中から脱却できたのか?それについて書いていきます。

 

本でヒップホップが産声をあげてから、ヒップホップシーンは常に東京中心の一極集中型でした。さんピン世代の全てが東京で活躍しており、東京以外では、横浜の関内や横須賀のごく一部のクラブでしかヒップホップは浸透していませんでした。ヒップホップをかけてくれるクラブは地方にもたしかにありましたが、そのようなクラブはごく少数でした。般若などは東京上京組の典型的な例です。東北出身ですが、RUMIと一緒に上京後から今現在も東京を代表するラッパーとして有名です。

 

んな中で、OZROSAURUSの「AREA AREA」やTOKONA-X名古屋弁のラップがヒットし、地方からでもヒップホップを発信できるという土台が出来上がりました。ここにTha Blue Herbを入れても良かったのですが、地方シーンの確立というところで地方色の強いアーティストを選びました。

 

youtu.be

約何年経ったろう

あの頃から企んでた

東京よりやや西

潮の吹く港から俺もやったろう

 

この曲によって、横浜エリアが全国区で瞬く間にして有名になりました。また、この曲が収録されているアルバム「Rollin’ 045」では、「045 BB」や「Rollin’ 045」という横浜を前面に押し出した曲により、地方でも発信することができるという希望を生んだと同時に、地元のファンを増やすことに大成功しました。

 

また、この曲はDJ PMXがプロデュースしたこともあり、当時の日本では浸透していなかったWEST COATを一躍有名にしました。この曲は 、OZROSAURUSと横浜エリアの確立のみならず、後の日本のヒップホップ業界内のガラパゴス化へとつながるウェッサイの確立までを果たしました。

 

youtu.be

バカヤロウたわけ
おみゃあら並べ
お前とお前とお前だ
気を付けして並べ
なにをそんな怒っとんのって
俺にもわからんで
怒っとんだってこと

 

TOKONA-Xが方言でラップをしたことにより、日本語ラップの幅は一段と広くなりました。リリックだけみてもコテコテの方言ですね。TOKONA-Xは自身の生い立ちを綴った曲「Where's my hood at?feat.MACCHO」では、生まれ育ちが横浜であることから始まり、常滑に引っ越してから今までを等身大の言葉で綴っています。同じ横浜出身のMACCHOの客演も輝いています。

 

本編とは関係ありませんが聞いてみてください。

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これらにより、地方から自分たちの言葉でヒップホップを発信できるという土台ができ、東京出身を謳っていたアーティスト達も東京の渋谷や新宿出身と細分化していき、東京一極集中時代が徐々に終わりを迎えることになりました。

 

して、この流れをさらに加速させたのがインターネットの普及です。GAGLEが仙台から全国にネット配信した「雪ノ革命」による、地方にいながら全国のリスナーに届けるという形を成功させたことを筆頭に、キャスフィやニコ動などの大型サイトや音源の提供や掲示板でのMCバトルを主体とした小さなヒップホップサイトが活気づいていきました。これにより、自宅にいながら全国のMCやDJにトラックメイカーと繋がることができ、スキルアップや楽曲制作も格段に上になっていきました。

 

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FROM仙台 ここにいながらにして
続けてく独自のスタイル
よく言われるよ 勝負しないか東京で
トップとSHOWしない 同じ土俵で
そこでSTOPするな来い その度量で
共に楽しもうぜ ALL DAY
有難いが まだ遊びたりないんだここで
ここに これだけかけてきたんだ
ダメ元で だから俺等は事は進めるよ
他でないここで FRIENDSと共にその元で

東北地方の土台のみならずネット上すらもヒップホップの土台として確立した瞬間でした。他のどこの地方のシーンにも似ていない独特の杜の都の雰囲気を出しています。 

 

年では、自分の地元をREPしてラップで繋いでいくDJ PMXの「4 MY CITY」「4 MY CITY Ⅱ」、NORIKIYOなどのremixが話題になったYOWTHの「地方B-BOY行進曲 第3章」、さんぴん世代から若手までが「◯◯(地元の県や地名)UP!」としてRemixが続々と出されたSHINGO☆西成の「大阪UP!」、などなど枚挙に暇がないほど様々な地方のシーンの台頭が賑わせています。

 

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れにより、地方のクラブも賑わうようになり、結果としてわざわざ上京しなくても地元からコツコツと努力をしていけば全国区でも通用するようになる環境が整いました。

 

震災とヒップホップ

この地方の流れは、「AREA AREA」からインターネットの普及により、急速に浸透していったように書きましたが、実を言うと、3.11の影響もあると思います。 嫌いな人は読み飛ばして結構です。

 

3.11以降、津波の被害や福島の原発事故などで地元を失った方々も数少なくありません。そのような現実を目の当たりにした時に、「当たり前だと思っていた地元も当たり前ではない」ということに気づかされ、自分を育ててくれた地元というものをより大切にしようという流れが奥深くに流れはじめたのではないでしょうか。それが一時のRemixシリーズなどの地方色を強く出した作品にも表れています。

 

地方が強くなるとどうなるか?

一極集中と市場規模は変わらないが、地方に埋もれていた原石が活躍しやすくなります。そして、各地方による多様化細分化が進んでいき、各地方で特徴あるヒップホップ文化が生まれ、これにより日本のヒップホップのガラパゴス化が進んでいきます。札幌、仙台、東京、横浜、横須賀、相模原、名古屋、大阪、岡山、福岡、各都市を代表するラッパーが存在し、牽引することでもっともっと大きな化学反応が期待できます。

 

不良のコミュニティ範囲から考えても地方が強くなったことは、ヒップホップにとって大きな一歩です。なぜなら、中卒や高卒が未だに多いヒップホップシーンにおいては、地元の先輩や後輩との繋がりが強いというメリットと他の地域には全く知り合いがいないというデメリットが存在します。そして、地方のクラブハウスには大抵がこういう面々がいるわけですから、地元で成功すれば根強いファンを獲得することができ、自分の地位を盤石にしやすいわけです。

 

そこから全国区に羽ばたきつつ、地元も大切にする、というこの手法で着実に全国クラスへと化けていくのが現在のヒップホップシーンでの成功パターンの主流です。しかし、ここでの落とし穴が前回のブログにも書いた「メジャーvs.インディーズ」問題です。

 

メジャーデビュー肯定派

KREVAが武道館ライブを成功させた事例を見ても、メジャーならばファン数も稼ぐ金額も桁違いになります。つまり、成り上がることができるのです。誰だって金持ちになりたいし有名になりたい、日本でもZEEBRA宇多丸KREVAなどの成功者が現れ、実現可能な夢になりました。ヒップホップにおけるジャパニーズドリームというものが形になってきたということです。

メジャーデビュー否定派

これはヒップホップに限らずどのジャンルどのアーティストに共通する問題だと思います。より一般ウケするように当たり障りのない歌詞や売れるための路線変更も行う場合が多いです。昔からのファンはこれを嫌がりますよね。ヒップホップは特にこの傾向を嫌がります。なぜなら、ワル自慢をしていたのに恋愛について語られても鳥肌立ちますよね。ヒップホップという性質上、また先ほど①で申し上げたように固定観念に縛られているために、メジャーのために自分のスタイルを変えるということをファンは極度に嫌がります。なぜなら、固定観念という名の命綱だけで繋がっているからです。これは暴論かと思われるかもしれませんが、僕にとってはありのままを伝えただけです。

 

このように地方勢の台頭はメリットと同時に数多くの課題も抱えているのも事実です。また、誰にでも気軽に制作でき発表できるというのは、とても便利で誰にでもチャンスを与えた反面、デビューの低年齢化スキルの平均の低下も引き起こすことになりました。そして、インターネット上でのプロにも負けず劣らずのアマチュアが数多く出現したことにより、リスナーの求めるものの質も上がっていきました。

 

ますます激戦区になりつつある日本のヒップホップシーン。LIBROの再始動やキングギドラの結成20周年などのベテランの復活や各地方の若手MCの活躍など、まだまだ目が離せそうにないですね。

 

日本のヒップホップはダサい?

HIPHOP=ダサい?

 

久しぶりの更新!

 

今回は、何故ヒップホップというものは一般ウケが悪いのか?というテーマで、書いていきたいと思います。いくつも要因はありますが、その中でなるべく短く説明できるものをいくつか挙げていきたいと思います。

 

①イメージが悪い

々、アメリカの貧困層で生まれたストリートミュージックであり、ヒップホップカルチャーの根底にそれらが今も強く影響しているために、一般的にもヒップホップ=ワル、ゲットー、成り上がり、etc...というようなイメージが定着してしまっている事が挙げられます。そして、さらに問題な事にこのイメージに憧れを持った不良少年少女が、ファンになったり、自身もデビューをするということが起こっています。

 

つまり、いつまで経っても固定観念に縛られており、悪いイメージが払拭されることなく脈々と受け継がれているということです。

 

そして、さらに厄介な事に当人たちはそれに全く気づいていないor気づいていないフリをしている ということが起こっています。

 

えば、ギャングスタラップ(アメリカのギャングやマフィアに所属しているようなラッパーが自身についてラップするって覚えてくれれば結構です)を日本でそのまま輸入してきても日本に合わないし猿真似をしているだけで全然カッコよくないという事に気づいていないんです。考えてみてください、アメリカは銃社会であり多民族が共存し貧困格差も激しく人種差別もあるんです、だからこそ、スラム街で生まれた者が成り上がるための方法はスポーツ選手やアーティストそしてギャングやマフィアくらいしか無いんです。そして、それこそがヒップホップの源流でもあるんです。

 

は、日本はどうでしょうか?銃も規制されているし麻薬や覚せい剤などもそこまで一般的に浸透しているわけではない。そんなところで、銃や麻薬の歌を歌ったって何も面白くないしこいつ何言ってるんだ?ってなりますよね。しかし、ヒップホップ=ワル固定観念のあるファンは、日本で銃や麻薬や覚せい剤などが歌詞中に出てきても「自分は経験したことないけど、こういう世界もあるんだなあ」と何の疑いもせずに受け入れてしまうんです。たしかに、日本でも銃も麻薬も入手することはできるし人種差別も貧困格差もあります、しかし、だからといってそれが一般的ではありません。つまり、そんな内容のラップをしたところで殆どのリスナーは共感も感動もしないのです。しかし、共感や感動をするマイノリティーのリスナーがいるために、そこを大切にしているために、今も固定観念に縛られたままで変わらないのです。

 

②メジャーvs.インディーズ

メジャーとインディーズの違いについては、特に説明をしなくても何となく皆さん知っていると思うので 割愛させていただきます。

 

メジャー=大企業

・市場規模が大きい

・アーティスト数は少ない

・メディア露出多い

・制限多い

インディーズ=中小企業

・市場規模が小さい

・アーティスト数は多い

・メディア露出少ない

・制限少ない

 

こんな感じですね。

殆どのラッパーはインディーズで活躍しています。でも、メジャーデビューというか有名になりたいという気持ちは常に持っている人が殆どです。逆に、絶対にメジャーデビューしたくないという人も少なくありません。なぜでしょうか?

 

メジャーデビュー肯定派

KREVAが武道館ライブを成功させた事例を見ても、メジャーならばファン数も稼ぐ金額も桁違いになります。つまり、成り上がることができるのです。誰だって金持ちになりたいし有名になりたい、日本でもZEEBRA宇多丸KREVAなどの成功者が現れ、実現可能な夢になりました。ヒップホップにおけるジャパニーズドリームというものが形になってきたということです。

メジャーデビュー否定派

これはヒップホップに限らずどのジャンルどのアーティストに共通する問題だと思います。より一般ウケするように当たり障りのない歌詞や売れるための路線変更も行う場合が多いです。昔からのファンはこれを嫌がりますよね。ヒップホップは特にこの傾向を嫌がります。なぜなら、ワル自慢をしていたのに恋愛について語られても鳥肌立ちますよね。ヒップホップという性質上、また先ほど①で申し上げたように固定観念に縛られているために、メジャーのために自分のスタイルを変えるということをファンは極度に嫌がります。なぜなら、固定観念という名の命綱だけで繋がっているからです。これは暴論かと思われるかもしれませんが、僕にとってはありのままを伝えただけです。

 

③ヒップホップ=短編小説

 

一曲における歌詞量から言えば、

J POP=コピーライト

HIPHOP=短編小説

日本語というのは、そもそもが単語一つ音一つだけでも他の言語よりも情報量が多い言語として知られていますよね。そして、ラップという歌唱法。言葉を早口で紡ぐ。同じ一小節でも他のジャンルと違って大量に情報を入れることができる。

 

つまり、才能や語彙量が無いラッパーは内容の薄っぺらくなってしまいます。上記の日本語とラップの特徴を踏まえれば仕方ないことなのです。

 

日本語でヒップホップをするということはハードルが高く難しい一面もありますが、それゆえにクラシックと言われるような名曲には、他の音楽ジャンルの名曲に負けず劣らずの価値があるといえます。

 

④リスナーの問題

 

僕自身の経験談です。

 

僕は小学生の頃に、森山直太朗の「さくら」や175Rの「空に唄えば」から入り、母親の影響でサザンやスピッツ荒井由実に傾倒していました。そして、MTVやスペースシャワーTVなどでフォークもカントリーも聞くような雑食でした。

 

しかし、ある日カウントダウンTVZEEBRAの「STREET DREAMS」のMVを見て人生がすべて変わりました。小学生の自分には、ダボダボの服にロングチェーンネックレスを付けて飛行場を肩で風切ってラップしているZEEBRAに心酔してしまいました。他のジャンルと違って、シンプルなドラムビートに力強いメッセージ性に完全に心を奪われてしまいました。

 

そこから、日本のヒップホップに深くのめり込むようになり、nobodyknows+KREVAにSOUL’dOUTなどのメジャーシーンで活躍しているようなアーティストからキングギドラRhymesterなどのさんぴん世代にOZROSAURUSなどの横浜ゆかりのラッパーも聞くようになりました。

 

そこで気づいたのが、ヒップホップというものの奥深さです。アメリカ本土でも西海岸中心と東海岸中心に栄えた歴史もあれば人種差別やギャングスタラップなどの様々な背景があり、日本で輸入されたものもそれらの影響をそれぞれ受けて発展していきました。

 

ヒップホップ好きと一括りでくくっても、中身を見れば様々なこだわりがあるので一概に皆同じというわけではありません。

 

例えば、おにぎり好きって言っている人も好きな具は人それぞれですよね。それと同じことです。ちなみに僕はたらこが最近好きです(笑)

 

しばらくヒップホップ=おにぎりで説明させてもらいましょう。

 

皆さんは”おにぎりを知らない人に「おにぎりについて教えてくれ」と言われたら”どう答えますか?僕ならとりあえず「ごはんを手で握って、のりを巻いた食べ物」とだけ説明して、おかかやシャケや梅などのメジャーな具のおにぎりを実際に食べてもらいます。そして、その人が気に入ったら違う具のおにぎりやアレンジしたおにぎりを食べてもらい、もっと魅力を伝えていきたいです。しかし、ここで問題なのは、おにぎりばかり食べているせいでおにぎり同士の比較は十二分に詳しく説明できますが、おにぎり以外のパンや麺類

と比較して魅力を伝えることが難しいということです。

 

ヒップホップのリスナーはアングラ勢つまりインディーズのコアなファンほど他ジャンルの音楽をあまり聞かない傾向にあります。僕自身も最近のアーティスト名と曲名は知っててもカラオケで歌うほどは知りません。つまり、ヒップホップ好きにさせるためにヒップホップジャンルの中でイチオシの曲はあるけれども、それはあくまでもヒップホップというジャンルの中でイチオシなだけであって、他の音楽ジャンルと比較してもその曲は聴きやすいかという配慮までされていない場合が多々有ります...。で、紹介された曲を聴いても早口だし英語ちょいちょい挟んでくるしよく分からないし...ってなってしまうパターンが多すぎます。それじゃダメじゃん

 

タラタラ書きましたが、ヒップホップが一般受けしない理由をざっくりと振り返りましょう。

 

固定観念に縛られすぎ

②メジャーとヒップホップは性質上合わない

③本当にスキル無いとダサいし淘汰される

④リスナーが一般向けに魅力を伝えきれていない

 

 久しぶりで文章めちゃくちゃだし、この4点はまとめないで1点ずつもっと細く書いたほうが良かったなー。暇つぶしで読んでくれてありがとうございました!

 

 

 

R.I.P DEV LARGE

2015.5.5 DEV LARGE 死去

本のヒップホップ誕生に大きく影響を与えた、いや今でも影響を与え続けている伝説中の伝説、BUDDHA BRANDのMCであるDEV LARGE(デブラージ)が亡くなられた。

 

のカリスマ性というものは本当にすごいものだ。まだ無名の日本のヒップホップというものをBUDDHA BRAND人間発電所という一曲ですべて塗り替えてしまった。その年のティーン向けの雑誌の音楽ランキングやモデル等のお気に入りの一曲にも何回も紹介されるほどの人気ぶりだった。

 

の曲のクレジットには、さんピン世代の代表格のラッパーやグループ、無名であったウェッサイのDS455(DJ PMXが当時のDJで唯一ドラムバスを打ち込むことができたので、この曲にも編曲者として参加していたため)などなど本当にこの時代をすべて凝縮している。

 

本のヒップホップ史上最初の大きなBEEF(ラップで相手を批判し合うこと、パフォーマンス的要素あり)である「K DUB SHINE vs.DEV LARGE」はネットを介して瞬く間に多くのリスナーを魅了した。この一連の流れはこれ以降の日本のヒップホップのBEEFにも影響を及ぼしていく。

 

RhymesterのMummy-Dは「リズムに乗ることができるならば韻を踏む必要はない」とラップについて言及しているが、それを体現しているのがDEV LARGEではないだろうか。BUDDHA BRANDの頃やD.Lとしてのソロの頃の作品もあまり韻を踏んでいないことが分かる。しかし、気持ち良いほどにトラックに合わせてラップをしているのである。賛否両論あるが、韻を踏まずにリズミカルにラップをすることのできるラッパーはなかなかいない。

 

忙しいのでざっとですが、以上

 

Rest In Peace DEV LARGE.

 

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