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日本のヒップホップの現状

アメリカ

HIPHOP=文化」

日本

HIPHOP≒文化」

HIPHOP=音楽ジャンルの一派」

 
どうしてこのような現状になってしまったのか?

それを知るために、まず知ることがある。

それはヒップホップを構成する要素だ。

ここでは、4大要素で説明しますね。

  1. DJ
  2. MC
  3. DANCE
  4. GRAFFITI


以上の4つがヒップホップの構成要素。
今ではこれにビジネスやファッションなどの要素を取り入れた8大要素などと言われている時代だが、ここでは4大要素のほうが説明が楽なので。

 

この4つの要素が、今日の日本のヒップホップが文化までに昇華できない要因と言える。

 

そもそも「文化」とは?

人間の生活様式の全体。人類がみずからの手で築き上げてきた有形・無形の成果の総体。それぞれの民族・地域・社会に固有の文化があり、学習によって伝習されるとともに、相互の交流によって発展してきた。:デジタル大辞泉

 

そう、それぞれの民族すなわち「日本人の日本に合ったヒップホップ」というものが、「日本のヒップホップ」を「文化」までに昇華することができる。では、4つの要素からそれらを見てみよう。

 

  1. DJ
    世界で活躍する日本人DJは数多くいる。やはり手先が器用なのかスクラッチをはじめとしたDJスキルは平均的に高い。トラックメイカーなどもここにカテゴライズするとしたら、「日本に合ったトラック(曲)」を作っているかどうか?が文化まで昇華しているかの鍵となる。そして、この答えはYESである。
    Nujabesが死去するまでの全作品は、JazzやR&Bなどの様々なジャンルに跨ってはいるものの日本人の耳に馴染むようなBassとメロディーラインで、何となく日本人が作ったということを感じることができる。tofubeatsの「水星」やEVISBEATSの「ゆれる」も本国アメリカには絶対に似合わないが、日本人なら心地よく受け入れることができるはず。「Marvin Gayeのsexual healing」をサンプリングした「佐東由梨のロンリーガール」、そしてそれをサンプリングした「ECDのロンリーガール」さらにはそのアンサーソングのように仕上げた「加藤ミリヤのディアロンリーガール」というように、ブラックミュージックから日本の歌謡曲に落とし込み、そこをサンプリングすることによって「ECDのロンリーガール」というものは、1990年代の社会の闇の一端を切り取った見事な社会風刺の曲にまで完成された。このようにDJという要素から見ると確実に「日本のヒップホップの”文化”化」に貢献しています。しかし、課題はまだまだありますが...これはまた後日に。

  2. MC
    ラッパーですね。日本人らしさ。うーん、もうこれは「日本語で韻を踏む」という一言に尽きるのではないでしょうか。とりあえず、日本語で韻を踏んでおけばOKという風潮がありますが、もうこれはこれでOKだと思います。「ラッパーがダサい」と貶められている現状はメディアによる責任が大きい。「学校へ行こう」をはじめとした2000年代前半までのメディアは、スチャダラやカラギャン世代の流れを未だに引きずり、「ダボダボの服でYO!YO!とか言ってラジカセでガンガン音楽流す」みたいなイメージを作り、ヒップホップの聴衆は怒り、ヒップホップを聴かない人は離れていき、いつの間にか他の音楽ジャンルとも離れてしまった。その一方で、Dragon Ashのkjみたいにミクスチャーバンドが韻を踏むことにより日本語で韻を踏むことは一般的になってきた。
    「日本語で韻を踏む」ということに関しては、Mummy-Dのように「リズムが取れれば韻踏まなくてもいい」というような人もいるが、「韻を踏むことでリズムが取りやすい」ことを考えると、まずは韻を踏むことが大切である。倒置法や体言止めを使い、90年代の日本のヒップホップの誕生を支えたK DUB SHINEやその後のKREVAの同じ小節で繰り返し踏むスタイル、MC漢の頭韻法、韻踏合組合やICEBAHNなどのガチガチに踏むスタイル、KOHHのようなスマートに一つの文章を歌ったようなスタイル、など様々な流派が時代とともに出てきた。ギャングスタラップやストリート、社会派などのラッパーは、覚せい剤や虐待、援助交際や性病、母子家庭や虐待、政治、などの日本に合ったテーマを描いたことにより、日本という国を切り取った作品が増え、結果として「日本に合った作品」というものが出きた。メディアのせいで悪印象を植えつけられているが、今日のラッパーというものは日本の音楽史を語る上ではなくてはならない存在と言える。

  3. DANCE
    ヒップホップのダンスといえばブレイクダンス。ヒップホップを好きな人をB-BOYというが、これは元々はブレイクダンスをする人のことを指す。CRAZY-Aをはじめに、数多くの世界で活躍する日本人ダンサーが台頭してきた。この要素は日本人らしさをはかるのが難しいが、ケントモリがTokona-xで踊ったように、世界の舞台でで、日本のヒップホップで日本人が踊るのが一般的になるのが一番分かりやすいのかもしれない。日本のみならず、アラビアンラップで中東系のダンサーが踊ったらめちゃくちゃクールだし、レゲエをサンプリングしたラップで中南米系のダンサーが踊れば最高にイケてると思う。そういう意味では、まだまだ日本らしさという部分は及第点。

  4. GRAFFITI
    この要素は日本人らしさって難しいと思う。日本人の遊び心っていうものはたぶん気の利いたお洒落だと思うので、グラフィティのような犯罪行為はあまり日本人は受け入れないと思う。桜木町の高架下の壁にあった「もののけ姫のサン」みたいなハイクオリティなら受け入れられんじゃないのかな。日本らしさっていう部分で言えば、ワードアートではなく自然との流動的なグラフィティじゃないと日本に合わないと思う。日本版バンクシーが誕生すると面白いかも。この要素では、まだ日本では天才的なグラフィティアーティストは誕生していないですね。まだまだ日本オリジナルには程遠いです。

 

このように、4つの要素を見てもまだまだ全然「日本らしさ」までに至っていません。どこかの元陸上選手が日本でヒップホップってダサいって言ってましたが、僕はその発言は否定も肯定もしません。なぜなら、「発言自体がズレている」からです。

 

日本でオリジナルのものが完成し、日本のヒップホップがアメリカのモノマネではなくオリジナルとして昇華された時に、やっと初めて「日本のヒップホップ」というものが音楽ジャンルの枠を飛び出し文化的に認められると信じています。その時に改めて日本のヒップホップについて感想を述べてほしいですね。

 

この記事を書いていて思ったのが、専門性高い用語と説明するための振り幅が広すぎて収拾がつかない。これでも荒削りして専門用語とかはなるべく使わないようにしたんですが...これも日本のヒップホップがオープンじゃない原因の一つの気がする。

 

次回からは、個人的に絶対に抑えたほうがいいと思う曲をどんどん紹介したいと思います。