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ZEEBRAという開拓者

 

生きる伝説

 

本のヒップホップを知る上で、絶対に誰もが一度は耳にしたことがあるのが「ZEEBRA」という人物。2000年代前半までの日本のヒップホップシーンの栄枯盛衰のほとんどがZEEBRAというアーティスト1人に影響されているといっても過言ではない。僕が、日本のヒップホップを語る上で外せない人物を挙げるとしたら、枚挙にいとまがないが、ZEEBRAKREVAMummy-D、の3名。

 

それぞれ輝かしい功績は幾つもあるが、ZEEBRAは、圧倒的なカリスマ性とパイオニア精神で日本のヒップホップを90年代から牽引してきたし、何をやっても殆どZEEBRAの二番煎じというくらいに様々なものを試してみたり、今でも日本のヒップホップシーン全体を捉える時には外せないほどの影響力は残っているしKREVAも、UMB3連覇などの折り紙付きの実力を持って日本のヒップホップや日本語ラップというものの一般ウケに成功しており、一般リスナーをきちんと取り込んで誰にでも受けるような楽曲を制作する一方で、「TECHNIC」や「挑め」などの特定の誰かに向けてのDisソング(誰かを批判したり貶める曲)も出すくらいには自分の信念やプライドもあるのではないかと思えるし、Mummy-Dは、KREVAが台頭する前からメジャーシーンのアーティストとコラボすることにより、日本語ラップの認知を広めたし、何よりも大きな功績が日本のヒップホップというものは日本の音楽シーンの中でも閉鎖的であった(スチャダラパーなどは日本語ラップであり現在の日本のヒップホップシーンとは一線を画しているため)にも関わらず、数々のアーティストとコラボする上で相手の雰囲気を壊すことなくそこに溶け込んだことだと思う。

 

その中でもまずはZEEBRAを語らければいけない。

なぜなら、ZEEBRAによって日本のヒップホップは大きく変わったからだ。 

 

そもそも、ZEEBRAって誰だ?

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 ホテルニュージャパン火災の横井英樹の孫という説明のほうがピンと来る方も多いのではないのでしょうか?実は、最終学歴は中卒なんですよね。他にも中林美和との結婚と離婚、などなどゴシップ好きにはたまらないネタ満載の人物です。

 

日本のヒップホップの中でのZEEBRAとは、

K DUB SHINEDJ OASISと共に、KING GIDDRAを結成し、デビューした95年からRhymesterBUDDHA BRANDなどのいわゆるさんピン世代と共に日本のヒップホップを活性化し牽引した後に、ソロとして各方面と積極的に関わりメディア露出も積極的に行い続けた結果、良くも悪くもZEEBRAという人物が日本のヒップホップのポピュラーでありスタンダードであると錯覚されることもしばしばあるような、日本のHIPHOPのパイオニアとして常に走り続けているアーティストです。

 

もっと細かく見ていきましょうか。

 

KING GIDDRA(キングギドラ)のZEEBRA

ZEEBRAはK DUB SHINEと共にキングギドラのMCとして、日本語でラップをするということを可能にしました。今日の日本のヒップホップもキングギドラの「空からの力」というこのアルバムが無ければ存在しなかった、あるいは、日本語でラップをしていなかったのではないでしょうか。

 

日本語で韻を踏むことについては、先日書いた記事を読んでいただければ大体がわかると思いますので、そちらを参照してください。

 

このアルバムにより、単語と単語で韻を踏む、小節の最後で韻を踏む脚韻法、が日本のヒップホップの主流となっていきました。そして、この主流から抜け出したくても抜け出せずに数々のアーティストが試行錯誤しているのが、日本のヒップホップの現状でありジレンマなんです。

 

このアルバムが日本のヒップホップシーンの中で今でも高評価を得ているのは、このアルバムが原点でありスタート地点であるからです。どんな有名な評論家もこのアルバムを聴いていない人はいないと思います。だからこそ、気づかないどこかでこのアルバムを基準とした一つの評価軸があるんです。そのぐらいインパクトのある作品なんです。

 

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のアルバムから数年後に、各々ソロの道を邁進していきました。K DUB SHINEDJ OASISは、メディア露出の少ないアンダーグラウンドで、さんピン世代から脈々と受け継がれていったコアで熱い層と共に日本のヒップホップを支えた一方で、ZEEBRAは積極的にメディア露出をし、オーバーグラウンドへヒップホップを昇華していき、キングギドラ時代からの自身のスタイルを壊すことなく日本のヒップホップの一般化に努めていきました。

 

して、2002年にキングギドラ再始動。

当時のメディアでは、大きな注目を浴びました。

同性愛者への批判や性病に関する表現が不適切であったとし、CD自主回収騒動などもありましたが、それが良くも悪くもこのグループをさらに注目させることとなりました。2002年にリリースしたアルバムでは、覚醒剤、少年犯罪、性関連、政治関連、Dragon Ashのkjを名指しで批判、などなど過激な内容の曲も多く含まれていました。

 

ングギドラというグループは、このように日本のヒップホップの中でも過激な発言が多く、さんピン世代以降の世代からの評価も大きく二つに分かれることがしばしばあります。どちらにせよ、キングギドラの存在感がそれほど大きいということですが...。

 

ソロとしてのZEEBRA

 

97年のソロデビューから、数々のアーティストとのコラボやプロデュースを精力的に行っており、今までの関わりあるアーティストを少しだけ挙げると、安室奈美恵、AI、EXILE長渕剛、という面々とも関わったことがあります。ソロとして活動し始めてからは、キングギドラZEEBRAではなく一人のラッパーとしてのZEEBRAというイメージの定着化により、本人のメディアへの積極的な露出の姿勢と相まって、日本のヒップホップの認知と承認に一役買っていきました。ヒップホップの中でも、さんピン世代からの付き合いのアーティストから若手の新人アーティストを引き抜いて自身の楽曲に関わらせたり、(ちなみに、今では有名なMay Jも駆け出しの頃にZEEBRAが目を留めて楽曲に参加しています)、本当に多方面で活躍しています。

 

そして、各アーティストと楽曲などで一緒になっても自身のHIPHOPという土台を譲ることなく、HIPHOP×R&BHIPHOP×J-POP、というようにHIPHOP×somethingを貫き通しているように思えます。さらには、日本のヒップホップシーンの中でも世代やジャンルを問わずにコラボしつつ自身のスタイルを崩すことはありません。

 

これにより、ZEEBRAという名の一つの軸が日本のヒップホップの中に確立していきました。1人のアーティストによる軸というものは一枚岩と同じようなもので、さんピン世代の栄枯盛衰にも関わっていくこととなりました。

 

ZEEBRAとBEEF(ラップでの罵り合いやケンカのこと)

 

ZEEBRAの作り上げた軸というものに、数多くのアーティストが寄り添い反発し新しい形を模索していく中で、ZEEBRA自身も自らBEEFをしに行ったりしたことで、様々なBEEF(ビーフ)が起こっていったことも特筆すべき点です。

 

Dragon AshのkjとのBEEF

 

Dragon AshZEEBRAといえば、「Greatful Days」でZEEBRAが共演し、ZEEBRAの歌い出しの「俺は東京生まれ東京育ち 悪そうな奴はだいたい友達」 というワンフレーズと共にZEEBRA日本語ラップが一躍有名になったキッカケにもなりました。

 

なぜ、BEEFが生まれたのか?

 

kjは元々はZEEBRAのファンでしたが、Greatful Daysで共演後にさらにラップで楽曲を制作し続け、ライブパフォーマンスなどがZEEBRAと酷似していきました。Dragon AshはミクスチャーバンドというDJも入れたバンドであり、当時の日本では非常に先鋭的であったために、リスナーもただのロックバンドではなくヒップホップの要素も入っていることを感じていました。そのヒップホップの要素というものは、あくまでも音楽的なヒップホップであり、文化的なヒップホップではありませんでした。(2つの違いは、こちらの記事で)

 

ヒップホップシーンから見たら、あくまでもkjのスタイルはロックバンドのMCがラップをしているだけであり、そこまでのものであると認識していました。

 

しかし、Dragon Ashがある2曲を出したのです。

それが、「I ♡ HIPHOP」と「Summer Tribe」です。

 

「I ♡ HIPHOP」は、「I LOVE ROCK'N'ROLL」をサンプリングした曲で当時のDragon Ashのポップでかっこいい若者受けするスタイルの象徴的な曲でした。

 

しかし、日本のヒップホップシーンは激怒。

そりゃあ、そうですよね。

だって、日本のヒップホップの中にいないと思っていた人がいきなりヒップホップを愛しているとか言い出して、ファンではない人も「ヒップホップはこういうものなんだ。」と思ってしまったんです。

 

「Summer Tribe」は、振る舞いや声も全てがZEEBRAと酷似していました。

 

そして、ZEEBRAをはじめとして日本のヒップホップシーンに激震が走りました。そして、kjに対してBEEFが勃発しました。

 

ZEEBRAは当時、キングギドラが再結成していたこともあり、キングギドラのアルバムの中の1曲「公開処刑」でkjを名指しで批判しました。内容的にも当時のZEEBRAが憤りを感じているのが分かります。

youtu.be

 

この曲の後に、kjはアンサーソングを返すことはありませんでしたが、真摯に受け止めると公言し、以降の楽曲ではラップではなく普通の歌唱法にスライドしていきました。

 

Dragon Ashのファンとしては、このBEEFによってkjはほんの少しの間に活動を自粛していたことと以前までのラップ要素を見ることができなくなったことに対して、キングギドラ及び日本のヒップホップシーンに対して嫌悪感を示していきました。

 

ZEEBRA及び日本のヒップホップのファンとしては、このBEEFは日本のヒップホップの境界線をハッキリさせるためには避けられない道であったと同時に、ZEEBRAによって日本のヒップホップがオーバーグラウンドへ昇華して根付いていった矢先の出来事であったために「もったいないな」という気持ちもありました。

 

この一件は、ヒップホップを聞かない人たちからは、ZEEBRAが一方的に悪いとみなされていますが、ZEEBRAサイドから見てみるとkjサイドにも非があったことは紛れもない事実であるといえます。

 

RAU DEFとのBEEF

 

2010年代を語る上で、この一件は外せません。

なぜなら、この一件によってRAU DEFらの世代が凋落していったからです。

 

この頃のRAU DEF,QN,KEN THE 390,SKY-HIなどのアーティストはコンクリートグリーン世代とは一味違った新しい風を巻き起こし、ミドルグラウンドを中心に飛ぶ鳥を落とす勢いがあり、日本のヒップホップシーンに新たな勢力が台頭してきました。

 

日本のヒップホップシーンというものは、常に以前の世代を超えようと切磋琢磨して開拓し構築していた歴史があり、それは今も続いています。例えば、証言でYOU THE ROCK★スチャダラパーを否定したように、ECDがさんピンCAMPでJ-RAPを殺したと宣言したように、般若がさんピン世代と付かず離れずを保っているように、漢とDABOがやりあったように、NORIKIYOがZEEBRAに噛みついたように、本当に様々なBEEFやそれに近いものがありました。

 

この一件も、日本のヒップホップシーンの歴史を考えるとBEEFが起きて当然なんですね。

 

BEEFやDISには2種類あります。

 

  1. 世代間でのBEEFやDIS
  2. 世代を越えたBEEFやDIS

 

 あくまでもこれは同じヒップホップシーンの中に所属する者同士という前提条件がつきますが。kjとのBEEFはジャンルを越えたBEEFです。

 

さてさて、下地を脱線気味に説明してしまいましたが、話を元に戻します。

 

「RAU DEFvsZEEBRA」という構図は、2.世代を越えたBEEFでした。

 

今まで勢力を拡大し続ける事ができたのは、新しいスタイルという事で新境地を開拓していただけだったのです。つまり、誰も開拓した事のない場所を開拓し続けたからこそ勢力図が広がっていったのです。

 

しかし、この一件は違います。

ZEEBRAという、さんピン世代の代表格の1人であり日本のヒップホップの開拓者と戦うことは、シーンの中のさんピン世代という勢力を塗り替える勢いだったことが伺えます。

 

この2人の結果は、ZEEBRAの圧勝のような形でした。

これにより、当時さんピン世代は勢いが衰えており世代交代も時間の問題かと思っていたシーンに、さんピン世代の存在感を再び示すことになりました。

 

Twitterで一連のBEEFが進んだのも特筆すべき点です。

 

ZEEBRAのMTVアワード批判

 

2008年のMTVアワード後にZEEBRAがネットに上げた一本の動画を巡って事件が起こりました。内容はMTVアワードでのZEEBRAへの対応への不満?なのか分かりませんが、YouTubeに動画を投稿しました。

 

この一件は、真意があまり伝わらずにただ一般に「ダサい」というイメージが定着してしまいました。これによりマスメディアの格好の標的となり、2000年代のB-RAPハイスクールなどの誤ったイメージ定着の二の舞になってしまいました。

 

なぜ、この一件を最後に持ってきたかというと、これにより日本のヒップホップシーンがオーバーグラウンドで勢力が衰えていくキッカケとなり、オーバーグラウンドでのヒップホップのイメージはPOPなものの一強となってしまったからです。

 

何が言いたいかというと、未だに日本のヒップホップシーンの中でのZEEBRAの影響力というものは大きいんですよね。それが良いか悪いかは別として、未だに現役のZEEBRAという開拓者は本当にすごいことです。

 

最後は力尽きて内容が薄くなりましたが、

今後も、ZEEBRAから目が離せません。